ヤクルトスワローズの武内晋一 なぜ輝けなかった なぜ生き残れた

投稿 2018年10月8日 更新 2019年7月14日

元東京ヤクルトスワローズの武内晋一について。

華々しい活躍を見せたプロ入り前と、ブレイクできなかったプロ入り後。なぜ活躍しきれなかったのか、それなのになぜ長年にわたってプロの世界で生き残ることができたのかを考えてみました。


プロ入り前



高校野球史上最強打線の主軸


兵庫県に生まれて小学生のときに野球を始め、智弁和歌山高校に進学。1年生からレギュラーを掴んで甲子園に出場すると、2年生の夏には甲子園優勝も経験しています。

のときの智弁和歌山打線は高校野球史上最強打線とも評され、今なお高校野球ファンの間では語り継がれているらしいです。清原や桑田がいたときのPL学園と並び称されているのだとか。武内はその打線の3番を任され、ホームランを放つなど甲子園でも活躍しました。

3年生のときには名門・智弁和歌山で主将も任されています。ただ、夏の和歌山大会で1回戦負けを喫して甲子園には出場できませんでした。

高校時代の武内の勇姿が見られる動画がありましたので、貼っておきます。




早稲田でも最強チームの主軸


高校卒業後は早稲田に進学。そこでも1年生からレギュラーを掴むと、2年生のときには六大学野球の打点王に輝き、ベストナインも受賞しています。

このときの早稲田は、田中浩康、青木宣親、鳥谷敬、比嘉寿光、武内晋一、由田慎太郎とのちにプロ入りする打者が1番から6番まで並び、最強を誇っていました。武内はその早稲田でもクリーンナップを担っていたわけです。

4年生のときには早稲田でも主将を務め、大学日本代表に選ばれるなど活躍しました。六大学野球でも首位打者と打点王に輝いています。

大学4年間のリーグ戦に全試合スタメン出場し、その間一度もエラーをしなかったという凄い記録も残しています。

そして2005年のプロ野球ドラフトでは希望枠でスワローズに入団。その年に引退した佐藤真一から背番号8を引き継ぎ、高い期待を背負ってプロ入りしました。

この年のドラフトは大卒・社会人と高卒に分かれていて、大卒・社会人ドラフトでは希望枠という逆指名枠が存在しました。この年の希望枠では、中日の吉見一起、ソフトバンクの松田宣浩、オリックスの平野佳寿などが当たりと言えるかもしれません。武内も彼らと同じぐらいの高い期待を背負ってのプロ入りでした。


プロ入り後


期待に応えて開幕一軍の切符を掴むと、プロ初安打がスリーランホームランになるなど、派手なデビューを見せます。

ただ、長打力を活かすために外野にコンバートされた影響もあって守備でリズムを壊し、すぐに二軍へ。2年目も一軍と二軍を行ったり来たりの生活を送り、イースタンリーグでは打率.367で首位打者を獲得し、ホームラン7本を放つなど活躍しましたが、リグス、ガイエルという外国人選手からポジションを奪うには至らず、一軍ではあまり試合に出られませんでした。

3年目以降は一軍に定着するも、代打や守備固めの出場が多く、強豪チームの主軸として華々しく活躍した姿をプロでも見せることはできていません。それ以降ずっとそんな感じで、プロ入り13年目にあたる2018年シーズンの終わりに引退を発表しました。一軍では13年間で通算22本塁打、打率.222という数字に終わっています。


なぜ活躍できなかったか


ここまで見てきた通り、武内はプロの世界で輝いた選手というわけではありません。入団時の高い期待に応えたとは言い難い。

不運もあったと思います。一塁でも外野でも助っ人外国人との競争を常に強いられ、「左の長距離砲」として働くことを要求され続けた。しかも、リグス、ガイエル、ホワイトセル、バレンティンなど、長打力のある外国人をコンスタントに獲得することに球団が成功してしまった。外国人獲得に失敗していたらもう少しチャンスが多かったかもしれません。1つ年上に畠山がいたのも不運でしたね。

大学通算12本塁打で、大学4年のときは六大学の首位打者と打点王に輝きつつ本塁打は0と、プロ入り前からホームランバッターというわけでもなかったんですよね。身長175センチと体が大きいわけでもない。それなのに左の長距離砲という期待を背負い、その期待に応えるためにもがいてきた選手という印象もあります。

守れるポジションがファーストと外野なのも厳しかったですかね。ファーストの守備は素晴らしくて、実は足も速いらしいので、長打はなくても堅実なバッティングができればいいポジションだったら、もう少し評価も違っていたはずです。ショートが守れたら宮本の後継者になれたかもしれないですね。

左の大砲の期待を背負ってしまったことが武内晋一の不幸だったのではないかなと思っています。


なぜ長年生き残ることができたのか


そんな武内ですが、2018年シーズンの終わりに引退するまでプロの世界で13年間を過ごしています。一軍で華々しく活躍したわけでもない選手であることを考えると、不思議なほど長く見えます

早稲田から希望枠で入った選手なので大事にされていたという事情もあるかもしれません。でも、それ以上に、人間性に対する評価が高かったことが理由かなと僕は思っています。

宮本慎也が武内のキャプテンシーを高く評価して選手会長に就任させたという話も聞いたことがありますし、智弁和歌山でも早稲田でも主将を務めているように、人望の厚いタイプなのでしょう。いくら宮本が見込んだとしても、他の選手達からの支持がなければ選手会長に就任できないでしょうし。

ファンからの支持が厚い選手とは言えず、2018年の戦力外通告選手が発表された際には、武内の名前がないことに対して不満を述べているファンも少なくありませんでした。

でも、僕は武内はクビになって欲しくはありませんでした。自分でこれ以上は無理だと思ったら身を引くタイプだろうし、納得いくまで現役を続けてほしい。そして引退後は指導者になってほしい。そう思っていたのです。悩み続けた分、良い指導者になれるのではないかなって。残念ながら引退後は球団職員になったので、ユニフォームを着ることはなさそうですが。

プロ入り前の華々しさから比べるとプロ生活は地味なものだったかもしれませんが、意外と好きな選手の一人でした。


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