サンロッカーズ渋谷のジェームズ・マイケル・マカドゥ NBAチャンピオンを二度経験した男が青学に降り立つ

投稿 2020年6月25日

2020年6月24日、B1リーグのサンロッカーズ渋谷がジェームズ・マイケル・マカドゥ選手の獲得を発表しました。



1993年1月4日生まれの27歳で206cm、104kgのパワーフォワード(兼センター)です。名門ノースカロライナ大学からNBA入りしてチャンピオンズリングを2回勝ち取った輝かしい経歴を持つ選手。このマカドゥ選手のこれまでの歩みを調べてみました。


名門ノースカロライナ大学で活躍


バージニア州のノーフォークという街で生まれ育ったマカドゥ。両親ともプロのバスケ選手だったサラブレッドで、お父さんは日本でもプレーしたことがあるようです。高校時代は2年連続でチームを州チャンピオンに導いて自身は州MVPを獲得し、最上級生のときには高校オールアメリカンにも選出されています。U16、U17の世界選手権にアメリカ代表の一員として出場して金メダルも獲得しました。

高校時代から華々しく活躍すると、同い年の選手達の中でトップ10に入る高い評価を得てカレッジバスケの名門であるノースカロライナ大学に入学。オースティン・リバース、アンソニー・デービス、ブラッドリー・ビールなどが同い年でマカドゥも彼らとともに有望な高校生と見做されていたことになります。他に八王子ビートレインズでプレーしたルブライエン・ナッシュもこの世代のトップ高校生でした。

ノースカロライナ大学はデュークやケンタッキーと並ぶカレッジバスケ界の名門。マイケル・ジョーダンの母校としても有名です。マカドゥはジョーダンの後輩でもあるということ。過去に7回全米チャンピオンに輝いていて、これはUCLA(11回)、ケンタッキー(8回)に次ぐ3位の成績です。

スポーツチームの愛称はTar Heelsで、ノースカロライナ州でタールが取れることから、踵にタールを付けた人という意味でノースカロライナの人々をTar Heelと呼ぶようになり、それがそのままこの大学のスポーツチームの愛称にもなりました。州を象徴する大学である証拠。

ちなみにノースカロライナ大学は複数あって、単にノースカロライナ大学と言った場合は旗艦校であるチャペルヒル校を指します。マカドゥがプレーしていたのもチャペルヒル。テーブス海もノースカロライナ大学でプレーしていましたが、こちらはウィルミントン校という別の大学です。アメリカは州が1つの国みたいなものなので、日本で国立大学が都道府県ごとにあるように、ノースカロライナ州ならノースカロライナ大学があちこちにあるんです。東大と京大が別大学なのと同じようにチャペルヒルとウィルミントンは別大学ということ。

そんなノースカロライナにゴールデンルーキーとして入学したマカドゥ。後にNBA入りする選手がマカドゥを含めて7人もいたハイレベルな環境の中、1年生からコンスタントに出場機会を得ると、2年生と3年生の2シーズンは全70試合に先発出場。3年連続でNCAAトーナメントに出場して自身は2年生と3年生の2年連続でオールカンファレンスのセカンドチームに選ばれる活躍を見せました。

渋谷でチームメートになるライアン・ケリーが2歳年上で、ノースカロライナのライバルであるデューク大学でプレーしていました。この2人は大学時代に4回対戦してケリーの3勝1敗となっています。

マカドゥの大学時代のハイライト動画があったので貼っておきます。ダンクしまくり。そのかわり外のシュートはさっぱりで、スリーは3年間で100試合以上に出場していながら9本打って成功0という酷い数字を残しています。




ウォリアーズの一員として二度のNBA制覇


大学4年目をスキップして2014年のNBAドラフトにエントリー。アンドリュー・ウィギンスが全体1位で指名された年です。ザック・ラヴィーンがミネソタから指名された瞬間にFワードを口にしたんじゃないかって疑いをかけられたあのドラフトです。マカドゥ
関係ないけどリンクを貼っておきますね笑


マカドゥは残念ながら指名を逃してしまいました。当時の評価を見ると、体の強さやサイズの割りに動けるところが評価されていた一方、パフォーマンスにムラがあることやシュートをはじめとするスキルが不足することが不安視されてしまったようです。


高校時代は世代のトップ10と目されていたことを考えると、3年後にドラフト指名を逃すという結果は失望に値するもので、大学では伸び切れなかったと言わざるを得ないのかもしれません。

でも、サマーリーグでゴールデンステート・ウォリアーズの一員としてプレーしてアピールに成功すると、Dリーグと行ったり来たりしながらウォリアーズでも出場機会を掴み、レギュラーシーズン15試合、プレーオフ5試合に出場してルーキーイヤーにチャンピオンリングを手にします。さらにDリーグでも優勝して、NBAとDリーグの両方でチャンピオンに輝くという珍しい経験もしました。

大学時代は伸び悩んだマカドゥでしたが、ウォリアーズでは練習に励んで成長も見せたみたい。ハードワーカーぶりをケビン・デュラントから称賛されたこともあったようです。

最低ランクのサラリーしかもらっていなくてお金の面では苦しかったようで、イグダーラの無茶ぶり(チームのチャーター機の中で「裸で歩き回ったら車をやるよ」って言われた)に応じてジープをもらい、その後2シーズン、その車で練習場に通っていたりもしたようです。その前は毎日彼女に送ってもらっていたらしい。今の奥さんですかね。奥さんはノースカロライナのバレーボール選手だったそうなので大学時代からの付き合いなんでしょうし。

👉Why James Michael McAdoo did naked streak on Warriors' plane after title

ウォリアーズでしぶとく居場所を確保し続け、2年後にもチャンピオンリングを獲得。最強ウォリアーズの一員として2回のNBA制覇を経験しています。ウォリアーズでは3年で134試合に出場してスターターも3試合務めました。1試合あたりの出場時間は一桁にとどまったものの、チームに貢献できる選手としてそれなりに評価されていたようです。

当時のウォリアーズは王朝を築いていた最強チーム。当然ながらチーム内の競争も激しかったわけで、そこで3年間に渡って居場所を確保していたのは立派と言えると思います。優秀な選手が周りにいたおかげでチームにフィットして力を発揮できた面もあったようで、ウォリアーズを離れたあとNBAで輝くことはできませんでしたが。

そんなウォリアーズ時代のハイライト動画も貼っておきますね。カリーからパス受けてダンクしてるこの人が日本で観られるってとんでもない話。


ウォリアーズとの契約が3シーズンで終わったあと、フィラデルフィアと2-way契約を結んで主にDリーグでプレーした後、イタリアのチームと契約して大西洋を渡りました。フィラデルフィアから期待もかけられていたようですが、上にも書いた通りウォリアーズを離れた後はNBAの舞台で輝くことはできませんでした。

ヨーロッパでプレーしたあと日本へ


ヨーロッパに渡るとイタリア、トルコ、セルビアと2年間で3ヶ国を渡り歩き、直近はセルビアのパルチザンというチームでプレーしていました。ヨーロッパのことは詳しくないのですが、ユーロカップにも出場していて、強豪といっていいチームのようです。
そんなセルビアでのプレーぶりが分かるハイライト動画も見つけたので貼っておきます。ここでもダンクしまくり。さらにスティールやブロックも多いし、リバウンドも強い。



そして2020-21シーズンはサンロッカーズ渋谷でプレーすることが決定。

パワフルなビッグマンでありながら攻守に躍動するハイモーターぶりを誇り、経験に裏打ちされたスマートなプレーもできる。渋谷にとってセバスチャン・サイズを失ったのを補って余りある補強だと思います。

タイプは違えどケリーと同レベルのクオリティを持った選手と言えるんじゃないかな。実際に青学でどんなプレーを見せてくれるか楽しみ。特に盛實と相性がいいんじゃないかって期待してるんですよね。セクシーなパスから豪快なダンクが見られるんじゃないかって。開幕を期待して待ちたいと思います。

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👉カテゴリー:サンロッカーズ・Bリーグ

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